尼崎文学だらけ
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タイトル 羽化待ちの君
著者 まるた曜子
価格 400円
カテゴリ 恋愛
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紹介文
小学6年生の八重原橙はとある再会から4年前の事件を思いだす。
「子供のまま潰されたくない、
誰にも見つからないように『大人』になるんだ」
決意を秘め少女は蛹に籠もる。ただひとり、叔父だけを頼りに。

粗忽で胡乱な昆虫写真家の叔父を手伝う、
一見甲斐甲斐しくて男に都合良さげで健気な尽くし系少女の、
その本質を磨き上げる恋愛劇。
これは、やがて飛ぶための物語。

R18・近親物

 小さな頃から、たまに我が家にやってくる、『おじ』を名乗る男が好きだった。ヒゲだらけだったり埃臭かったり髪が茫々だったりしたが、現れる度美しい小物や珍奇な物、奇妙な刺繍の羽織物などを橙(ともる)にくれるし、気味の悪い昆虫や爬虫類を、美しい写真に納めてきて見せてくれた。グロテスクなのに、写真ですら触れたくないのに、妙に目を離せない鮮烈で蠱惑的な小生物たち。
 自宅から歩いて15分ほどにあるおじのアパートは、何か出そうなほど淀み暗い気を放っていたが、1年のほとんどを海外で過ごす彼の家の換気のために、母に付き添って何度も通っているうちに慣れてしまった。母が軽い掃除を済ませているあいだ、彼の蔵書を引っぱり出しては眺めていた。
 彼が日本にいる時は、母のお使いで保存容器に詰めた食料を運ぶこともあった。流しに放っておかれた前回分を洗って持って帰るのもいつしか橙の仕事になった。小学生の橙から見てもおじは社会不適合者の一員だった。中学になって知ったことだが、過去にはおじは母に無心もしていたらしい。父が蛇蝎の如く嫌うのも詮無いことだ。ちなみにおじは「写真家」「トラベルライター」という職種に入るようだが、生き物の写真は学術用の資料集めに使われていて雇われである彼の名前はほとんど出ない。代わりに変名で超三流誌に「世界風俗事情(良識的な表現)」という土着の文化の方ではないフーゾク体験レポートを連載していて、父が橙を近寄せたがらないのも納得できる。しかし、父は橙がその本のことを知らない前提で遠回しに厭味を放つので、橙は気がつかない振りで受け流す。実際には原稿の手伝いでおじの口述をテキスト起こしして小遣いを貰ったりしていたのだが。
 そして高2になった今、母からバトンタッチした掃除や食事の準備、そして仕事の手伝いをメインに置きつつ、橙は彼に抱かれるためにアパートを訪ねる。

          *

 夏期講習が終わって、中学受験も最終段階に入った秋口、橙は塾の帰り際にみんなが小腹埋めにくるコンビニを出たところで同じ塾の男子に呼び止められた。昨年から伸ばし始めた髪が肩上で跳ねる。
「『やえはら』さん?」
「え、あ、なに?」


やがて飛び立つふたりの物語
トラウマ持ちで心を閉ざそうと生きてきたヒロイン橙と、一見チャラン
ポランで自由人なおじさん要。
大っぴらには言えないふたりが年の差・近親の障害をのりこえて
しなやかに軽やかに、二人で飛び立つための生き方をもさくする物語。
逞しく力強い絆とちょっとドキドキするえっちな展開に……と、
ドラマがずっしりしっかりとあって楽しめました。
推薦者第一回試し読み会感想
推薦ポイント物語・構成が好き

はやく「おとな」になるために。
まるたさんの作品は、どれも女の子がしなやかでかっこよく、おまけに可愛いのが特徴のひとつですが、この「羽化待ちの君」と続編である「Beautiful Days〜碧の日々〜」のヒロインをつとめる橙ちゃんはナンバーワンと言っても過言ではないハイスペックヒロインです。一家に一人とは言いませんが、ぜひお友達になりたい。
橙ちゃんの手料理で、「僕の真摯な魔女」のすずのんや「花と祝祭」の絢音ちゃん、「淅瀝の森で君を愛す」のまお姉さんと女子会をしたい。そういう女の子です。(ステマ)

既存の恋愛ものジャンルにありがちな、いわゆる「お邪魔系・トラブル体質系・夢見るヒロイン」とは一線を画したヒロイン像は、あまり恋愛ものを読まないという方にこそ読んでいただきたいです。もういっそ、ヒロインと呼ぶのもやめたい。ヒーローです。私の。

本作は叔父さんと姪の、いわゆる歳の差(18歳!)近親もの。橙が学生の頃から写真家として各国を飛び回っていた要は、橙にとってもっとも身近な「世界を見せてくれるふつうの大人」。身内からはダメのレッテルを貼られつつも、幼い頃に遭遇した事件のせいで、橙が抱く脆く性急な早熟願望をうまく受け止めつつ、日本での事務作業を任せるなど、自分の利益と橙の願望をすりあわせて最善の形に導いていく、みたいな包容力のある人物です。

ふたりとも、行動力の塊みたいな性格で、実務的、実際的。と書くとシステマチックで冷徹な人のようですが、ちゃんとけじめをつけられる人、という意味です。世間的にはおおっぴらにできない関係にあるふたりが、ふたりであるために必要なことをひとつひとつ着実にやり遂げていく。選び取り、あるいは捨ててゆく、その地に足が着いた描写とディテールの圧倒的リアリティで物語をぐいぐい引っ張っていきます。
綺麗事だけではありません。苦みも失敗も味わって、それをも糧に成長していく。だからこそ描かれる希望が尊いのです。

いわゆる昼ドラ的な、どろどろした感情の交差ではなく、愛情は(ひとまず)前提、そこからの紆余曲折を楽しみ、寄り添う物語。
えっちいシーンはえっちいですけど(R18だけに)、可愛いし祝福気分でいっぱいの、いわばボーナスステージです。お楽しみに。

こちらを好きな方は続編「Beautiful Days〜碧の日々〜」も間違いなくはまりますのでぜひぜひ。
推薦者凪野基
推薦ポイント人物・キャラが好き

恋が濃い
主人公の少女・橙(ともる)が、少女から女性へと成長していく姿を描いたシリーズの第一弾。
序盤からハードな問題が待ち構え、メリハリの効いた展開ですが、
シリーズを通じて細かな部分をよく調べて書かれており、情景描写の細かさ×人物の心の揺れが
しっかりと描かれている点が特筆すべき作品です。
敢えて言うなら恋が濃い、味わいのある作品として推薦いたします。
推薦者悠川白水
推薦ポイント表現・描写が好き