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タイトル 贋オカマと他人の恋愛
著者 柳田のり子
価格 無料
カテゴリ 純文学
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紹介文
歌舞伎の研究者を目指す七瀬耕一。
村上春樹と同じ勉強がしたい、と演劇専修に進んだ隅田周平。
周平の恋人で、いつも周平と一緒にいる七瀬にやきもちを焼く辻堂克巳。

奇妙なバランスを保ったまま過ぎてゆく、三人の大学生活。
しかし、永遠に変わらない関係などありえない。

これから話すのは、壊れてゆく恋の話だ。
なるべく楽しく語りたいとは思うけれど、何しろ結末が決まっている。
それぞれの立場で出来得る限り足掻きもがいたのに、逃れようがなかった。
俺も、周平も、克巳も。

同性愛 同性愛のように見える異性愛 異性愛のように見える同性愛
様々な形の、痛々しいほど純粋な愛。
BLをファンタジーだと信じているなら、この本は開かない方がいいかもしれない。

A5 102ページ
無料配布

 克巳はこちらを向き、小さな声で言った。
「七瀬くんって本当にゲイじゃないの?」
「違うよ」
「じゃあ女の子と付き合ったことある?」
「ない」
「エッチしたことは?」
「ないよ」
「童貞なの?」
「そこだけ大声で言うな」
「それじゃあ、ゲイかどうか分かんないじゃん」
「自分の性的指向がどっち向いてるか、中学生くらいで気付くだろ」
「そうかもしれないけど……」
 克巳は背もたれに頬をくっつけて女性的なしなを作る。俺がやるとしたら何度も練習しないと難しいような動き。克巳の仕草は自然で愛らしかった。
「周平に告白されても、ちゃんと断ってね」
 こいつは本物のアホだ。本気で心配しているんだ。こんなにはっきり「いじめて欲しい」という顔をされたら、素直にいじめる他ないじゃないか。
「そうねぇ、付き合っちゃおうかしらっ 周平くん、キスがとっても上手だし」
 何故オカマ言葉。と自分にツッコミを入れつつ、人差し指をあごに当てながらブリブリと言ってやった。笑うかと思ったのに、克巳は目に涙をためて俺を睨んだ。
「ただいま〜」
 周平がモナカアイスを食べながら帰ってきた。
「お腹壊してるのにアイス。しかも自分の分だけ」
「壊してなかったんだ。快腸、快腸。アイス、欲しければ買ってくるけど?」
「俺はいい」
 克巳はうつむいて黙っている。
「着物、着崩れなかったか?」
「トイレ出たところで知らないおばあさんに『ちょいと坊ちゃん!』って呼び止められて、その人が帯締め直してくれた」
「そいつは幸いだったな」
 周平が席に座ると、克巳は周平のてのひらをぎゅっと握った。周平の顔が険しくなる。
「七瀬、克くんに何か言ったね?」
 何でそれだけで分かるんだ。
「周平がいない間に浮気しよう、って誘ってきたんだよ。確かに俺の方が美男子で君が発情するのも当然だ。しかし周平を裏切る訳にはいかな…… いってぇーっ!」
 克巳は俺のすねを草履で蹴った。素早く効果的な攻撃だった。
「お前、これ必殺技だろ。弁慶…… 痛ぁ〜」
「克くんが浮気なんてする訳ないじゃないか」
 周平は克巳のてのひらを両手で包み、子どもを相手にするように優しく言った。
「七瀬はひねくれ者だから、反対の言葉でしか愛情を表現出来ないんだよ。もし克くんが酷い言葉を言われたなら、それは七瀬が克くんのことを大好きって証拠だ」


……人生は苦しくそう単純ではないのだが或いはただ美しいのかもしれず……
 初めタイトルが奇抜で何のことやらさっぱりわからなかったのですが(笑)読み終えてみるとああ、確かにその通りの小説だと納得してくすっと笑ってしまう。
 出だしから引っ張り込まれました。そして、喜劇っぽいのに悲劇の予感を初めから醸し出していて、わくわくしながら読み進めつつどこかで不安を感じてもいました。登場人物は皆個性的でそれぞれ魅力的で。だから関係性も単純明快はっきりしてるのかと思えばこの話実はものすごく複雑な人間関係で最後の最後までびっくりさせられました。
 主人公は幼少より日舞をしていたマザコンの美男子で、頭を使って上手く生きぬいてるように見せつつ生きることに不器用、そして律儀で真面目過ぎる人だと思う。と、思ったら案外気障で、気障というかあんまりこういう言葉にぴんときたことがなくてそういう表現をしたこともなく正しい使い方かわからないけれど、粋な振る舞いをさらっとしてしまう。びっくりする。絵にキスするシーンとか。それでもやっぱり自分の適性を真剣に考えた上で何故かオカマバーでバイトをしてしまうなんていう突拍子もないことする程不器用で、何故かそれをうまくこなしちゃう程器用でもあって、その上でものすごく純粋な人。彼の「サッちゃん。」の一言にぐっときた。寂しくもあり逞しくもある。孤独でもあり深い友情で人と繋がってもいる。面白い人。
 どうも曖昧ではっきりしないまま生きていかざるを得ない終わった話とか、心のどこかにもやもや残ったまま必ずしも嫌な存在ではない人とか事とか、この小説ではそういうものに単純な答えを出さないところにも魅力を感じました。お話の世界観とお別れする寂しさ、読み終わるのがもったいないような感覚はこれまでたくさん感じてきたことが有るけれど、この本に関しては登場人物たちの逞しさのせいか彼らをとても信頼してしまっていて、このまま簡単には完結せず世界は続いていくのだと思わされ、愛着を感じながら私も淡白に自分の日常に帰れる。読後感が全く寂しくなく、その感覚にも面白さを感じました。だけども本当に出会えてよかった小説でした。
 それにしても伝統芸能の世界、古典文学の世界、着物の美しさとか、作者様の思い入れや造詣の深さが伝わってくる作品で、江戸文化等まったく知識が無かった私ですがとても魅力的に感じ、能なども一度見てみたいと思いました。本当面白かったです。
推薦者なのり
推薦ポイント表現・描写が好き

にせものとからっぽ
「贋オカマと他人の恋愛」。そっけないタイトルに思えますが、これ以上要約しようがないくらい的確な要約です。

贋オカマ、とは主人公の七瀬耕一。容姿端麗、頭脳明晰、日舞を嗜んでいるからきっと身体を動かすことも得意。そして古典芸能に明るい(ぶっちゃければおたく)。何不自由なく育てられた彼がひょんなことから「没落貴族」となり、大学院進学の学費を稼ぐべく「贋オカマ」としてオカマバーで働きはじめます。

他人の恋愛、とは、七瀬の友人である周平とその恋人・克巳の恋愛模様、そして目の前を通り過ぎるばかりだった誰かのこと。
あの時ああしていれば。この時こんなふうに言っていれば。読みつつ抱く「たられば」はまるで我が身を振り返るような近さで迫ってきます。それは、七瀬という青年の人生の一部を体験することに他なりません。
私は東京の景色を知りませんが、細やかなディテール描写から街の様子が、登場人物の人となりが立ち上がってくるようです。

語られるのは、いい意味でも悪い意味でも浮世離れした七瀬だからこそ、客観性を最後まで保ちつつ語り得たできごとです。
「BLをファンタジーだと信じているなら、この本は開かない方がいいかもしれない。
」という一文通り、作中で描かれる一連のできごとは、フィクションと銘打たれてはいますが心をぐいぐい抉ってくるような重さを持っています。すっぱり切れるのではなく、錆びた釘が刺さるような痛みを伴います。
ここで描かれることはたぶん、現実にも起こりうる、起こっていることなのだと思うし、それでも最後まで読者を引っ張り、全力で書き記された物語を体験したあとの余韻、うわあ大変なもの読んじゃったぞ、という衝撃に酔うことができる、凄い小説です。
推薦文で「凄い」なんて書くべきではないのだろうけれど、凄い。読み終わって言葉を見失う、あの頼りなさや喪失感を、そしてこの小説を読めた幸福を、ぜひ味わっていただきたいです。
推薦者凪野基
推薦ポイントとにかく好き

“贋”を一皮剥いてみりゃ 見えるは“生身”の悲喜交々
 学者として生きるという大望に邁進する主人公・七瀬耕一の視点から、彼の親友・周平やその恋人・克巳をメインに様々な“他人の恋愛”を描いた物語……って、無難にまとめるとただの恋愛小説かよって感じになっちゃうんだけど、なんか、こう、違うんだ……!

 キャッキャウフフ要素はまるでなく、あるのはどこまでも生々しいそれぞれの生き様。七瀬の語り口はどこか超然とした風もあり淡々としていながら、折に触れて自身の感情に揺れるその筆致が絶妙で、一気読みをしてしまいました……そして読み終わった後しばらく何も考えられなくなるという…。

 七瀬は作中、やむを得ない理由から“贋オカマ”として生計を立てていくようになり、そこでも色んな“他人の恋愛”を見聞きし、時に仲介者になり、更にまれに当事者になり、日々を過ごしていきます。この、“贋”や“他人の”という中に、読み手のガードは外されて構えない気持ちで読み進めることができるのですが、どうもそれらの言葉の中にすらのっぴきならない切実さが見えてくる。そして、確かにフィクションを読んでいるはずなのに、何か私たちの生きる現実と何ら変わらない、重たく、どうしようもない世界で彼らがもがいているのが肌で感じられるのです。

 七瀬は容姿にも頭脳にも度胸にも恵まれた男性として描かれます。それが嫌味でなく、それどころか如何ともしがたい空虚を抱えていることが垣間見え、そこに痛切に共鳴してしまいました。途中、彼が経験する別離の際に自らの本業を思い出す場面、そして最後を締める言葉には、ガツンと脳天を打たれたような衝撃を受けました。昔彼が師事した日舞の先生から「あなたがまっすぐ育ってくれて、よかった」と言われる場面があるのですが、正しくその通りで、本当に奇跡のようなバランスで成り立っているのが七瀬耕一なのだと思います。そんな彼が、我が道を往きながら他人と関わり合い、またときに世話を焼いている姿は、とても貴く感じるものでした。

 七瀬以外の人物も、倦んだり、投げやりになったりしながら、それぞれの道を歩いていきます。彼らの生きざまに加え、作中を彩る細やかな伝統文芸の知識や描写もなんとも味わい深いです。なんと驚いたことに無料配布(またWEBでも公開中!)ですので、ぜひ一度お読みください!
推薦者世津路 章
推薦ポイント人物・キャラが好き

作者の柳田さんから直々に「理系美少年と村上春樹オタクと伝統芸能オタクの男子がイチャイチャ
する話です」という事前情報を頂いていたので、コメディなんかな、と思っていたのですが、
全然コメディじゃなかった(笑)
というか、会話は基本、面白いんですが。コメディじゃないよこれ…!
男性同士の大学生の恋愛話から始まり、卒業後も30台前半ぐらいまで続く物語なのですが、
作中繰り広げられる恋の顛末が…とにかく愛が重くて! 
でも、よく考えてみたら、過去に読んだ柳田さんの作品って、恋愛については全部そういう
「重さ」を感じたような気もするので、きっと作者さまの持ち味なのかな、と思います。
BLという形を取ってますが、どっちかといえば、社会の中に自分の居場所が持てない人の
不安とか、悲しみとか、そういうものをゲイというマイノリティを通して伝えている作品、
のように見えました。
自分の個性を周囲に認めてもらえないコンプレックスに悩み傷つきつつも、それに負けずに
自らの目を通して世の中を見て、自分らしく生きようともがいている人たちの物語、のような
気がします。

内容的に明るい恋愛ではなく、辛く重たくはあるんですが、そこに理性的な主人公による鮮やかな
突っ込みが合いの手のように入ることで、どん底に陥ることなく、楽しめる内容になっています。
その辺りのバランス感覚は、他作品でも見られる柳田さん作品の醍醐味だと思います。
あと、以前に読んだ作品とリンクしていたので、そういう点も楽しかったです。前に見たキャラクターに
また会えた、みたいな感覚が好きなので、嬉しくなります。

感情の「重さ」って、年を取れば取るほどつい敬遠したくなってくるのですが、思えば大事な感性
ですよね。
ボリューム的に長く、しかも綺麗に製本された本だったので、無料にしちゃいかんと思いました。
次からはお金取ってください!>< ほんとに!!><

推薦者まりも
推薦ポイント表現・描写が好き

「贋オカマ」だからこそ見える世界
一組のゲイカップルと、日舞を嗜んでいた男性を中心とした恋模様。「贋オカマ」の七瀬からみたオカマ・ゲイの人たちの人生に釘付けになる一冊。
所謂ファンタジーとしてのBLではなく、この現代日本のどこかにいそう、と錯覚してしまうほどリアルな人物描写とお話に感服しました。

昔から、女性として生きてはきたけれど、時折「もし自分が男性だったら」と思う事があった自分。
LGBTの要素があるお話には惹かれ、直球な「贋オカマ」というフレーズを見て買わせていただいた思い出があります。(オカマ、という呼称には色々とご意見あるとは思いますが、あくまでこれはフィクションを楽しむものだと思っているのでそのあたりは割愛させてくださいませ)
ひょんなきっかけから「贋オカマ」になった七瀬の視点を通して、男と女の境界線をフラフラ漂う、そんなお話に感じました。
推薦者服部匠
推薦ポイント文章・文体が好き

BLと言うよりもっと地に足ついた人間ドラマ
 ゲイの周平、性同一性障害らしき克巳。仕事に疲れた客、佐知子。居場所を探し続けたメグ。学び続けるために贋オカマに徹する主人公、七瀬。
 真摯な(もしかしたらただ不器用な)七瀬は、他人に関わり、自分のことのように傷ついて、けれど自身の生活をやめることなく。

 主人公である七瀬は常に第三者だ。どんなに関わろう、救おうと手を伸ばしても、それは相手も自分も望む形では決してない。仕事とプライベートの境に揺れ。周平と克巳、恋人同士だった友人に振り回され。誠実に向き合いながらけれど一方では裏切り、そして裏切られ。七瀬の気持ちなどかまいもせずに、彼等は勝手に生きている。
 そして七瀬自身も、自身の問題と向き合い、決断し……少しばかり予定とは違ったけれど、確かな道を歩いていく。
 どうにも出来ない焦燥。なんとかしたいと願う気持ち。空っぽだと自覚するが故の勤勉さが嫌らしくもなく胸に来る。商売よりも人として向き合ってしまうのは、必要とされたいとどこかで願う気持ちの表れであるのかも知れない。

 七瀬の真面目さ、真面目故に打算を知り、一歩ずつ前かどうかも解らないけれど確かに進んでいく様も。BLの側面はあるものの、BLの一言では終われずに。TLやBLといった括りを超えて人が人を思うことも。結局他人に対しては何時いかなる時も第三者でしか居られないという現実も。
 そこに生まれるのは誇張のない人間ドラマ。どんでん返しも何もなく、今、目の前にあったとしても、何の不思議もない。
 だからこそ、その見えない先行きが最後まで気になってしまうのかもしれない。

 紀伊国屋本店の煉瓦壁、新宿三丁目の裏路地、歌舞伎座のあたり。七瀬と、周平と、メグと、今にもすれ違っていそうなリアルさ。
 重い問題をいくつも抱えつつ、けれど読み終わって思うのは、木漏れ日のような優しさだ。
 彼等は、私たちは、確かに今、ここで生きている。一人で、一人ではなく、誰かと。俯いたら寄り添う人がきっといる。目の前に居なくても。きっとどこかに。
 直接助けてくれるわけではないけれど、読み終わればきっと少しだけ、心のどこかが軽くなる。
 A5二段の文字量は少なくはないけれど、あっという間に読み終わってしまう読みやすさも魅力の一つだ。
 拙い推薦文より、まず、開いて文字を追ってみて欲しい。
 きっと最初の一文から引き込まれる。
推薦者森村直也
推薦ポイントとにかく好き