出店者名 エウロパの海
タイトル 夜さりどきの化石たち
著者 佐々木海月
価格 300円
ジャンル ファンタジー
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紹介文
中学生ふたりが雪の夜にフラフラと出歩きながら、とりとめもなく言葉を交わすお話。
化石のこと、太古の海のこと、夏に生き秋に死んでいった虫たちのこと、にせものの夜空のこと。
雪は秩序をかき乱し、夜は遠い時間を引き寄せてくれるもの。

「海の底にいるみたいだ」
 ヨサリが呟いた。凍えた唇から、白い息がわずかに零れた。そして、それはそのまま、夜に融けていった。
「海の底に、雪は降らねえだろ」
 ユウは言った。かじかんだ指をすり合わせながら、空を見上げる。真っ黒な空から、雪が絶えることなくおりてくる。吸い込まれるような感覚に、一瞬、目眩がした。
「降るよ」
 ヨサリは言う。
「海の底にも、雪は降るんだ」
 見たことはないけれど、と、同じように空を見上げて言う。そして、降りしきる雪を受け止めるように、両手を差し出した。
 ユウは、胸中でため息をついた。
(海の底だって?)
 テレビのニュースでは、半世紀に一度の大雪だと言っていた。浮かれるのも仕方がない。けれど、夜遅くにふらふらと出歩くのは、浮かれ過ぎではないかと思った。
(分かりにくいんだよ、お前は)
 ヨサリは穏やかな表情のままで、囁くような声で、目一杯はしゃいでいるつもりなのだ。それを「大人びている」などと表現するのは、きっと間違いだ。ただ、彼はこの暗く深い夜に、彼なりに気をつかっているのだ。


孤独を必要とする君へ
 マリンスノーが降る海の底に喩えられた、雪の夜の中を歩くふたりの少年のおはなしです。
 文体が、ひっそりと静かで、ひとつひとつの表現が、とても丁寧に書かれていて、昼間の慌ただしさや、他人との同調、日常の雑多から隔離されて、自分の呼吸のペースを思い出せるような時間が、しんしんと流れていきます。
 「孤独」を必要とするひとの心に、ひとひら、ひとひら、おりていく、雪のようなお話です。
推薦者咲祈