出店者名 GARBS. from 友引撲滅委員会
タイトル THE CULT(再版)
著者 神坂コギト
価格 500円
ジャンル 純文学
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紹介文
”我々は少女を信仰する。ただし、決して恋慕を抱いてはいけない”
アルコール依存症に陥り、酒気帯びでホームから転落事故を起こした花崎は謹慎処分を受けるが、それを見かねた学生時代の友人:三江の紹介で「少女を信仰する」という、ある団体に入団する。そこに集っていたのは、ホームレスや、妻を失った老人たちだった。サークル活動のような感覚で行われる団体行事や自主的な飲み会などで、平和的に日々を過ごす団員達だったが、ある日、在籍最年長を誇る老人・米田が死体となって発見され……。
愛情の枯渇、孤独、そして依存。「少女」という偶像を軸に繰り広げられる劇場は、果たして真実か。フィクションか。
信じられるのは、あなたしかいない。

 花崎は、一昨年の春に教員として採用された地方公務員の一人だ。大学で教育学を学び、安定した道だと思い採用試験を受けたところ、たまたま通ってしまった。教師という職業は世間的に見てもイメージは良いような気がしたし、地方公務員で安定した収入もあるということで意気揚々と就職を決めた。それがそもそもの間違いであったわけだが。
 実際に就労してみると、教師と言うものはイメージだけでつくられた職業であり、実態はそれほどよいものではなかった。校務分掌、テスト作り、学級経営、親睦会行事、対人関係の複雑さ。生徒が登校している期間の昼休みはほぼ皆無で、優雅にランチだなんて遠い話だった。休憩時間とはいえない休憩時間を取り、夜遅くまで仕事をして、家に帰っては倒れこむように寝る生活。こんなはずではなかったのに、という言葉が毎晩毎晩頭をかすめていった。
 そのうちに、その言葉は飲酒欲へと変わっていった。最初はビール一缶だった。しかも一番小さいもの。それは徐々にロング缶になり、時に焼酎になり、日本酒になり、ワインに変わる。限界が来るたびに胃液と酒が混じったものを口から滝のように吐く。飲んでも飲んでも酔った気にならず、ひらすら飲み続ける日々。部屋はアルコールの匂いがこびりつき、嘔吐する場所は選ばれなくなっていた。たまに来る宅配業者が最初は女性だったのに、最近ではいかつい男しか来なくなった。
(こんなはずではなかったのに)
 けたたましい目覚ましの音で目を覚ましたのは午前五時のことだった。薄暗い部屋の中を這うように動きながら電気をつける。適当に吊ってあるワイシャツを着る。アイロンをかけていないのでくたくただ。今日も昨日同様、酔っているのか、酔っていないのか、正常なのか正常でないのか分からない頭の加減だ。視界は定まらず足元はおぼつく。いつものように玄関扉を開ければ、ぐしゃり、と玄関に捨ててあったビール缶が足で潰れた音がした。わずかに残っていた液体が吹き出し足を濡らす。そんなことは気にならない。否、気にできない。


屠畜される豚の気持ちはこんな感じ
さて、豚である。
豚は非常に知能が高い動物として知られている。
鏡像を理解できる数少ない動物であり、
犬を凌ぐ、チンパンジーに比肩するほどの知能を持っているとの一説もある。
知能を根拠にしてイルカを食べることに忌避を示す人々を否定するわけではないけれども、
私たちが食用にしている豚だってそうだ。
屠畜されるときに、気持ちがあるのだ。
チンパンジーは人間でいえば3~4歳くらいの知能を持っているとされている。
チンパンジーと豚が同レベルの知能を持っているという説を採用するとして、
たとえば豚を食べるという行為は、人間でいえば3~4歳の――。
いや、豚が人間なのではなく、人間が豚なのかもしれない。
私たちは、みな、等しく。

「THE CULT」は、カルト宗教を描いた小説だ。
登場人物として、アルコール依存により不祥事を起こす教師の花崎、
世情に興味を持たないフリーライターの三江、
定年後に妻を二度失った米田、
ある贖罪すべき過去を抱えたホームレスの油井……と、
カルト宗教に孤独を埋められるにふさわしい面々が教祖・幸田の下に集まる。
そのカルト宗教で崇められるものは、“少女”だった。
殆どしきたりや儀式らしいものやお布施すらもないその宗教のなかで、
たったひとつ信者に課せられた禁忌は「少女に恋をしてはならない」というものだった。
崇拝や信仰は相手に虐げられることに快感を感じる。
しかし恋慕は違う。恋慕は、相手を征服することに快感を覚えるから。
それこそが、そのカルト宗教の、狂気と憎悪と愛情に満ちた設立主旨を説明していた。

エンタメ小説である。
ストーリーが進むにつれて次第にほどかれていく綿密に練られた伏線の妙は、
読者を作中世界へと没入させてくれる。
ただエンタメ小説なら必ずあるはずの着地点がこの小説には存在しない。
最後、男が空を見上げる場面で、この小説は終わる。
だから、このカルト小説は私たちの世界と地続きな気がしてしまう。
それがこのカルト小説の背筋が凍るような怖さだ。
この小説を読み終えた後、私たちは空を見上げてしまう。
まるでそこに誰かがいるように。
逆さ十字を空から見下ろせば、正しい形に見えるように。
少女は私たちを見ている。
決して、恋をしてはいけない。

狂気と憎悪と愛情に満ちた小説だった。
いろんな感情が入り混じる読後感を説明するのは難しい。
ただ一言でいうならば、屠畜される豚の気持ち、だ。
推薦者あまぶん公式推薦文