出店者名 午前三時の音楽
タイトル 【委託】季刊ヘキVo.8
著者 二季比恋乃・他七名
価格 1000円
ジャンル 純文学
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紹介文
A5/122p/\1000

執筆者(掲載順・敬称略)
夜崎梨人、芥川奈於、雨森透人、狐塚あやめ、二季比恋乃、高梨來、花野木あや、井村もづ

キョウダイ×春 をテーマに、書き手の「性ヘキ」を露わにする珠玉の文芸アンソロジー。
あなたは何番目が好き?

わたし(高梨)は「ジェミニとほうき星」番外編、祈吏とマーティンの「きょうだい」がお花見に行くお話を書かせて頂きました。

本文サンプル→https://twitter.com/i/moments/856993610260197377

「桜降る日に」高梨來
 ひとつ年下のこの女の子は、日本にいるパートナーの双子の姉であるのと同時に、彼の初めての恋の相手だった。
「要するに恋敵ってこと?」
「もうとっくの昔に休戦協定は結んでるけれどね」
「複雑な関係なのね」
 ぎこちなくしかめられた表情とともに告げられる遠慮のない言葉をふわりとかすかな笑顔でかわすようにしながら、僕は答える。
「当事者同士の間では意外にシンプルだよ」
 これからは家族になろうと、そう言ってくれたのだって彼女の方からだ。にわかには信じがたい話だと思われるのも承知のうえで。
「まぁこんな感じかな」
 机の上で広げて見せた端末の中では、スタンプの飛び交うささいな日常のやりとりが続く。
「それで、どのくらい続いてるの?」
「これで三度目の春になるのかな」
 ゆっくり話をしてみたい、と持ちかけてくれた提案に乗るような形で、パートナーである彼を通じてスカイプの通話を繋いでもらったあの日のことは、いまでもはっきりと覚えている。
「ほんとうはすごく不安だったよ。きっと向こうもそうだったとは思うけれど――あたりまえだよね、身勝手に傷つけた相手なんだから。ちゃんと話せたらって思ってたのは確かだけど、望みどおりの答えが返してあげられる自信なんて、あるわけもなくって」
 ちりちりと揺れる画面の向こう、やわらかそうな長い髪をゆらしながらこちらを見つめてくれる、どこか物憂げなまなざしにするりととらわれたあの瞬間のことを、僕はきっとずっと忘れないだろう。
「写真では見たことがあったけれど、それだってずっとまえの話で――あたりまえだけれど、うんと大人っぽくなって綺麗になった女の子がいて。正直、どうしようかって思ったよ。この子は彼の隣にずっといて、彼を形作っている半分以上のものを持っている相手で――敵うわけなんてないのに、何を得意になってたんだろうって思った。これから何を話せばいいんだろうって」
 取り繕うような笑顔を張り付けたままぎこちなく発した「こんにちは」のひとこと。それが第一声だったことは、確かに憶えているのだけれど。
「それで、彼女は」
 木目の丸テーブルひとつぶんの距離を隔てて届けられる問いかけをまえに、静かに瞳を細めるようにしながら僕は答える。
「――やっと話せたねって」


芽吹きの季節、咲き誇る想いの先にあるものは?
季刊ヘキ、二年目は「キョウダイ×季節」をテーマに主催の二季比恋乃さんと原住民(レギュラー)である井村もづさん、夜崎梨人さん、毎号参加のゲストたちによる「ヘキの民」が綴る、性ヘキを露わにする文芸アンソロジー。
ここで語られる性ヘキとは性的嗜好ではなく、広義の創作における嗜好――著者の好む世界観や文章表現、とのこと。
何番目が好き? の問いかけを潜り抜けた先に広がる繰り広げられるヘキの世界は?

夜ごと魔法少女に変身し、夜の海を泳ぐ少年を見守る姉と妹、行き違う想い(夜崎梨人さん「魔法少女の夜」)
身体が弱く意地っ張りな美しい弟と、そんな彼がかわいくて仕方のない兄に訪れる鮮やかな春(及川なおさん「黒の巣立ち」)
愛する弟を誰よりも思う姉と、成長につれてそんな姉の庇護下からの独り立ちを試みる弟(雨森透人さん「春の夢」)
軍人の兄の連れてきた女性の存在により露わになる妹の秘めた想いと、「三人」で迎える新しい季節(狐塚あやめさん「去りゆくを望む」)
異世界に迷い込んだ僕に「弟子になれ」と迫る、言葉を力に変える気丈な魔法使いが森の奥に閉じ込めた悲しいきょうだい」の秘密(二季比恋乃さん「おはよう」)
恋人の初恋の相手=彼の双子の姉と「きょうだい」になろうと誓い合い、手を取り合って桜を見にいく「兄」(高梨來「桜降る日に」)
海難事故のショックにより記憶を保てなくなった兄のもとへ、咲き誇る花と共に訪れた恋を見守る弟(花野木あやさん「ステラマリスの手記」)
蛹になり、新しい何かに生まれ変わるという大好きな「ねえちゃん」を見守る弟(井村もづさん「繭」)

八通りの「きょうだい」の元に訪れる春はいずれも書き手のこだわり=ヘキがキラリと輝くものばかり。
緑が芽吹き花の咲き誇る春、新たな感情の芽生えと共に新しい世界への扉を開いていく様を見届ける事のできる珠玉のアンソロジー。
巻末には占星術師の水煮先生による「ヘキ」の解説付き。

また、手にしっくりくるB6サイズ、読みやすい文字組みと漫画雑誌などにも使われるラフ紙が本文に使われた手に持っても疲れず読みやすい冊子の作りはまさしく「文芸誌」という佇まい。
間違いのないアンソロジーが読みたい、という方にもおすすめです。
さてはて、あなたは何番目が好き?
推薦者高梨來