出店者名 午前三時の音楽
タイトル 【委託】季刊ヘキVo.7
著者 二季比恋乃・他四名
価格 700円
ジャンル 純文学
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紹介文
A5/74p/\700
執筆者(掲載順・敬称略)
夜崎梨人、ワタリマコト、今井優、新月、一色和、二季比恋乃

キョウダイ×冬 をテーマに、書き手の「性ヘキ」を露わにする珠玉の文芸アンソロジー。
あなたは何番目が好き?

掲載作品サンプル→https://twitter.com/i/moments/822793972586147842

「くちびるに、紅」二季比恋乃

 起き抜けに、指先に鋭い痛みを感じることが日常になってきた。近頃は、中指からの吸血が気に入りらしい。
「ミゲル、起きたのか?」
 私の手がぴくりと動くと、それに気づいて顔をのぞきこんできた。またたき、ひとつ。何度目を閉じても、開くとそこに美しい顔がある。明かりともいえない薄ぼんやりとしたものが、ベッドサイドから兄のトマスを照らしていた。
 どれだけ時が経っても少年のままの兄と、青年と呼べるほどに成長した私は双子だ。幼い頃、私を置いてひとりだけ吸血鬼になってしまったのだった。
 短く返事をして、なんとか上体を起こす。固定されたままの右腕を支点に、小さな体躯の隣へ足を下ろした。風がベッド下から吹き抜けていった。外はまだ暗い。
「最近首から吸わないよね」
 床に座りこんで低くなった頭頂に、額を乗せた。
「どうして」
 そのまま声を発すると、光の落ちた金糸が口内をくすぐる。私と同じ色のはずなのに、まるで違う輝きを放つ髪。冷たく、匂い立つものもないけれど、鮮明に思い出せる。それは私たち二人が、かつて同じ姿形をしていた頃のことだ。
「……噛み痕、見つかったって」
「うん、言ったね」
 話すたびに歯に、唇に、舌に、トマスの髪がからみつく。
「困ってたから」
「だれが?」
 言った瞬間、「いたっ」歯が折れるかと思った。口元を抑えながら見た顔は、
「ごめんね」
 思わず謝らずにはいられないものだった。
 今でこそ姿形が違うけれど、双子なのだ。兄の思うところがわからないでもない。俯いた顔をあげただけで頭突きに成功したというのに、ひどく傷ついた顔をしていた。
「ごめん」
 次に謝ったのは私ではなかった。
「痛かっただろ」
 口元に寄せられた指先は、やはり冷たい。体温がないということは兄が人間でないことを明確にする。ぬくもりだとか、芳しいだとか、そういう一切がなかった。ただ美しさだけが残っていた。
 のびた爪が歯にあたり、兄の指に上唇が持ち上げられた。妙な気持ちになる。私は吸血鬼でないというのに。このまま口を開けて、兄の指を食んで、歯を――。


凍てつき閉ざされた想いがいまここに、開かれる
凍てついた冬の静けさ、しんと澄んだ空気をふんだんに閉じこめたかのようなキョウダイアンソロジー。


「囲い、囲われ、腕の中」夜崎梨人さん
「神様」として祀られ閉じこめられてきた兄と、まだ見ぬ兄に焦がれる弟。
二人の世界に二人で堕ちていく様は何とも耽美的。弟が兄へと取る行動のひとつひとつをどこかしら官能的に感じます。

「キョウダイヤシロ」ワタリマコトさん
夏祭りの日、神隠しにあった僕は狐の領域に足を踏み入れ――怪異のお話ではあるのですが、ノスタルジックで愛くるしい筆致はなんともほのぼのとかわいらしい。

「雪の街」今井優さん
雪に閉ざされた街にかつて生きていたという”私”の語り口はぞくりと冷たく、まざまざと愚かさと悲しみを綴る。雪に閉ざされた街での火の描写が鮮烈。

「目に託した夢」新月さん
ドラフト指名を受けながらも迷いに揺れる弟と、弟を見守る兄。二人で追う夢なのだ、と背中を押してくれる兄の姿がさわやかで清々しい。

「歪められたマリア」一色和さん
尊き救世主「リリィ・マリア」を求める国に生まれた二人の王子の物語。
群衆の望みを一身に背負わされた王族たちの血にまみれた歴史の一幕――と語ってしまうには軽すぎる。語り手である「私」の正体と、そこに込められた深い悲しみに読み手はただ圧倒され、ひれ伏す。

「くちびるに、紅」二季比恋乃さん
時を止めて生きる吸血鬼の兄と、彼に血を与える弟。
双子に生まれながら隔たれていくことを恐れ、「お揃い」を作ろうとする彼らの選ぶ行動は、血を吸うこと。
揃いの赤く染まった唇から紡がれるささやき声は何とも甘美的。


さまざまな角度から照らし出されていく想いが、しんと冷たく澄んだ空気の中ではらはらと雪のように舞い落ちる様を見つめているかのよう。
雪は音を吸う、とは言いますが、この狂おしいほどの静謐に包まれた空気は「冬」という舞台こそが生み出したものなのかもしれません。
書き手の「ヘキ」が輝く珠玉のアンソロジーをあなたも是非、この手に。
推薦者高梨來