出店者名 白昼社委託
タイトル 最果て食堂
著者 七歩
価格 400円
ジャンル ファンタジー
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紹介文
「ご飯にする? それとも、あたし?」
食べてもらえない生贄娘×食べないあの方の幻想的日常、1冊目。
ファンタジー世界の日常を小さなお鍋に入れて、生きること死ぬこと少々と、
食べることで味付けしてコトコト煮込みました。
剣も魔法もあるようですが、この物語で一番強い武器は卵焼きのようです。

 木と木が擦れるようなゴリゴリとした重い音が聞こえた。きっと閂でも抜いているのだろう。厳重に閉じ込められていたことを感じ心が弾む。
 嬉しい。すっかり忘れ去られているのかと不安に思っていたけれど、私は大切な生贄。私がチコリの兄弟たちを心から求めたように、まだ見ぬ「死」がこんなにも私を求めている。
 ゆっくりと扉が開く音がした。ずっと待ちわびていた瞬間。髪や衣服を整えることも忘れ、扉の前に立ち尽くす。鼓動が走る。震える。今までこんな風に誰かを待ちわびることなど一度だってなかった。一度も? 考えようとする私の思考を遮るように細く光。
 怖い。ううん、嬉しい。
 もしかしたならこれは恋とやらに似ているのかもしれない。私は待っていた。焦がれ、待ちわび夢想していた。喰われて絶えるその瞬間を。
 やがて観音開きの扉を完全に開け放ち、「死」は悠然と私の前に立ちはだかる。見上げる。息を飲む。

 その姿は想像していた以上に恐ろしいものではなかった。顔は獣のように見えるがどうやら二足で歩いているように見えた。外套で隠された体までは見えない。大きい。これならば満足な死を与えてくれるだろうと私は安堵していた。 どんな喰われ方だって耐えてみせるけれど、この大きな口なら、ちらりと見える鋭い牙なら、きっと余計な苦しみを感じる間もなく終わるだろう。安心して目を閉じる。いつでもあなたのお好きなときに、どうぞおいしく召し上がれ。
 近づく気配。生々しい獣の臭い。私の左側を体温が通り過ぎる。通り過ぎた。背中からなのねと思い背筋をぴっと伸ばす。食べる作法も様々なのだろう。その息づかいが私の首筋を温めるのを待っている。
 やがてむしゃりと音がした。

     


さあ、たまごを用意して。
誰かを「生かす」ことが生きる喜びや動機になりえる、そんな心強さがありました。
食べて、眠る。それだけなのに、生きることは案外難しい。
そんな複雑さを解きほぐして、ごはんとして提供してくれるクモがいとおしく思えます。

物語の中にもついのべのエッセンスがたくさん散りばめられていて、そういった言葉の使い方がより想像を膨らませ、クモの生きざまを彩る仕掛けになっているように思えました。
また、クモは巣を作って待つ者、であると同時に
「苦も」なんじゃないかと感じました。後に続く何かを生み出すという意味で。
たくさんの「生きる」を作ったクモがちっとも変わらず、お説教臭くないのもとても魅力的です。
そして、もしかしてあの方を叱りつけて最果ての小屋を作らせたのはクモのお母さんなんじゃないか、とも思いました。何となく、考え方が似ているような気がして。


おいしいものを食べるとうれしい。
そんな根源的、根本的でささやかな、欲が満たされることの喜びを描く一作。
何度でも読み返したくなる魅力的な作品です。食いしん坊ばんざい!
推薦者凪野基