出店者名 恋人と時限爆弾
タイトル お母さん
著者 鳴原あきら
価格 500円
ジャンル 大衆小説
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紹介文
「お母さんって、大変だね」
 そうじゃない、そうじゃなくて――! 
 子どもの頃からずっと、母の行動に違和感を感じていた。だが、誰に話しても、それが幼なじみでも同僚でも、この恐怖をわかってもらうことができなかった――。
 幻想アンソロジーで発表されて好評を博した、「お母さん」の私家版です。

「お母さんって、大変だね」
 瞳さんに、ぽつりとそう呟かれて、私はハッと口元を押さえた。
「ごめんなさい」
 少しお酒が入っていたのもあって、幼なじみの誕生日のお祝いのテーブルだというのに、私はいつの間にか母の悪口を並べ立てていた。あの人、私が嫌いなのよ、のれんに腕押しで人の話は全然きかないし、やることなすこと陰湿で、とバンバンやっつけていた。
 瞳さんはそれを、たった一言で制したのだった。
 私は反省して頭を垂れた。
 雰囲気を壊す壊さない以前に、瞳さんの前で母の悪口など言うべきではなかった。この人も一人の母なのだから。結婚して四年で夫に先立たれ、実家で一人娘を育てている働くお母さん。同い年の私も「さん」づけで呼ばずにはいられない、立派な人。誰にも指さされることのない人だ。そんな人でも、母であることは辛いらしい。彼女が穏やかな会話の中で時折漏らす、「もし、自分に子どもがいなかったら」という言葉は、とても重い一言だった。
 それでも瞳さんは、優しい声で言葉を継いだ。
「謝ることないよ。私だって、いまだに母親と喧嘩するし」
「いや、そんな生やさしいものじゃないのよ、うちは」
 さっきの反省を忘れて、私は思わず言い返していた。そう、うちだって、喧嘩になるなら、まだいいのだ。どうやっても喧嘩にならないから、気持ちが悪くて嫌なのだ。
「そう」
 さすがの瞳さんも、返事に困ってしまったらしく、
「まあ、数実さんも、子ども一人、産んでごらんよ。お母さんの気持ちが解るから」
 いいかげんなことを言い出す。私は首をすくめた。
「そんなこと簡単に言わないで。だいたい、誰の子どもを産めっていうの」
「だって数実さん、つきあってる人、いたじゃない。本木さん……だったっけ?」
 私は一瞬、瞳さんの記憶力を恨んだ。
「別れたの」
「え」
「私もね、四年も続いたし、むこうが忙しい時も、月に二、三度は必ず会ってくれたし、この人だったら、いいかなって思ってたんだけど」
 本木正男とは、仕事が縁で知り合った。年はひとつしか違わないけれど、真面目で気配りのある人で、もっと年長の人たちよりも、いっそ頼りがいを感じた。彼の豊かな腰回りを抱き寄せると、そのぬくもりだけで幸せになれた。柔らかな低音で語られることは、なんでも心地よく胸に響いた。


母と子をつなぐ歪みを断ち切るために
「母」と、母と娘の関係性について深く考えさせられる作品でした。

子は、多かれ少なかれ親の影響を受けるもの。
特に、父が外で仕事をし、母が育児を含む家のことをするのが当たり前の環境では、子が母の影響を受けやすいのは当然のことです。

そんななか、「母」は、望むと望まざるとに関わらず、「母」であることを強制されていく。
社会からも、家の中からも、そして何より己自身から。
それが歪みを生むのでしょう。
本作はその歪みを丁寧にすくいとりながら、子の視点でそれを見せており、それゆえにサスペンスとしても楽しめる作品になっています。
物語の終盤、主人公が母から受けていた印象を、彼女の付き合っていた男性が主人公から感じていたというシーンにはぞっとさせられると同時に、母と娘の、見えないつながりを感じました。
良くも悪くも母と娘(子)の間には絆(といっていいかはわかりません)があって、それを断ち切ることは、とてもとても難しいことなのでしょう。

ラスト、主人公の独白からは、母への理解はみえても、彼女と母の今後の関係性がどうなるのかはみえない。
けれど、だからこそ、その先は、読者が考えるべきものなのでしょう。
私は、この物語を、主人公と同じ立場で読みながらも、娘を持つ母として、自分はもっと違う絆を娘たちとつなぎたいと、叶うならば、いつでも娘たちからは切れる絆を結んでいきたいと思いました。
推薦者なな

私は、あんなお母さんを育てた覚えは、ない。
 どうも。作者です。

 この短編はかつて、血をテーマにした某商業アンソロジーに寄稿したもので、文庫化もされたことから、多くの老若男女の目に触れました。そのため、たくさんの感想を頂戴することができ、しかもその感想に、何一つ同じようなものがなかったことに、作者としてとても感動しました。どういう立場か、どのキャラクターに感情移入するか、どの台詞にひっかかるかによって、ずいぶんと読み方が変わるようで、そういう作品が書けたことを、作家として幸せに思っています。

 ですから、作者として「こういう話です」とはいいたくないのですが、ひとつだけ、申し添えておきますと。

 ヒロインは作中、「私はあんな母親に育てたつもりはないんですけど」といいます。
 それに対して「ひどい娘だ」と憤る方もいらっしゃいます。
 反対に、そう叫ばざるをえない恐怖に共感する方もいらっしゃいます。
 しかし、そういう母になったのは、彼女にも責任があるのです。
 ですから彼女は、母の叫びをきいて、親の心理のゆがみの一端を理解します。
 はためからみれば何の不自由もない主婦であったとしても、実は、この人は……と。

 ジャネット・ウィンターソンの『オレンジだけが果物じゃない』を読んだ時、私はその結末に絶望しました。私の『お母さん』の方が、まだ救いがあると。

 しかし、それは私が感じたことであって、皆さんがこの話の欠片から何を受け取るかは別の話です。

 あまぶんで、ぜひ、お手にとってみてください。

 あなたの心のどこに触れるかは、私には、わかりませんが……!
推薦者鳴原あきら

絶望と希望が重なるところ
 フィクションなら良い。フィクションであって欲しい。
 フィクションで、ある。
 母娘の共依存を描いた小説である。一言で言えば生々しい。真実は小説よりも奇なり、であって欲しい。事実よりもリアルな小説だと思った。
 主人公とその母親の関係(共依存)は、望んで築くものではない。陥るものだ。少なくとも娘側から見れば忌むものでしかない。アルコール依存がもとは好きで嗜むアルコールから依存へ踏み込んで制御できなくなるように、共依存関係も愛情に端を発するものだろうと思う。うまくいかないのだ。
 愛が美しいと誰が決めた。愛情は必ずしも美徳ではない。ここに描かれているのも愛着の障害と呼んでいいと思う。異常な・狂ったものにしか見えないだろう。
 分類としては怖い小説だが、あまりにも私の状況と似ているために全面同意の相づちを打ち続けてしまった。どうか読んでください。理解して欲しいとは言わない、せめて知って欲しい。そんな祈りの気持ちを抱きました。
 母娘の共依存関係に触れる解説書を再三読む。具体例は実際の出来事をオブラートに包んだりわかりやすくしながら語られるようだ。第一線の現場に立ち続けたベテランカウンセラーのそうした話と同等かそれ以上に、迫りくるものがこの小説にはある。ああ、小説家が書いたものなのだな、と思う。場面描写から窺える執筆時期は、娘個人の大小の問題が、母娘共依存関係の文脈で語られ始めた、あるいは関連書物が出てくるようになった頃じゃないかと思う。先進的問題に果敢に取り組んで成功した作品なのじゃないかと外野から想像しています。もちろん色あせて感じられることはありません。
 小説として描かれた筋書きの救われない点は同時に、私にとっては救いでもある。なぜなら、母も子も自身の不合理を感知しているからだ。受容するほど強くはないが、受容できない弱さを受け入れるほどには強いなと思った。その強さがなければ、暖簾に腕押すやりとりをのらりくらりと続けてしまうだろうから。
 どうか読んでください。わかりたくないと私が思う、そのことも含めて知って、忘れたり忘れなかったりする心を見つけられる世界を私は望んでいます。
推薦者正岡紗季

母という怪物、血という呪い
「お母さんに似てるね」女性なら恐らく一度は言われたことのある(そして、それが「大人」になってからならば素直に喜べなくなった)言葉ではないだろうか。

主人公数実は母と二人暮らし。母親との折り合いは芳しくない――という表現では生ぬるく感じるほど、数実の全てを管理しようとする彼女の行動は常軌を逸している。
(「お母さん」の行動を見る限り、自身が嫌悪されていることまですべて筒抜けなのでは? と思うのだが、彼女がその点をどう受け止めているのか、というのは気になるところ)

矢継ぎ早に現れる幼馴染や同僚たちとの会話を経て露わにされていく「お母さん」の異常性はぞっとするほど。
世間一般で言われる毒親と呼ばれる類のそれに値する母の言動は、コミュニケーションが通用しないがゆえに喧嘩にすらならない、という点から不健全さを際立たせるばかりだ。

どのようにしてこの「母親」という怪物は生まれたのか、彼女の真の目的は何なのか、数実はどうすれば「お母さん」と対峙を出来るのか。
明確な答えは出ないまま、物語は幕を降ろす。
それはきっと、数実自身が「誰にもわからない、わからなくていい」と、母親との閉じた世界に絶望しながらも、そこに留まることを望んでいるからなのかもしれない。
そしてきっと、「お母さん」自身にとっての娘である数実への執着の理由は「愛」としか言いようのないもので、 それを否定されてしまう理由はきっとわからないのだ。
「わからない」ことこそが何よりも怖い。
読後に感じた想いを一言で言い表すとすれば、それに尽きるだろう。

「血」というものの逃れられない呪いがひしひしと読み手に迫る一篇だ。
推薦者高梨來



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