出店者名 Picnic
タイトル 印象派
著者 彩村菊乃
価格 500円
ジャンル エッセイ
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紹介文
つれづれなるままによしなしごとを書き綴った随想散文集。
花と緑と物語にかこまれながら過ぎゆく毎日の一瞬一瞬を切り取って収めました。

金曜日のおまじない・花梨のこと


金曜日は花を買う日と決めている。週末のお楽しみというほどでもないけれど、仕事が終わった帰り道に机に飾る花を考えると何となく心が浮き立つし、より有意義に休日を過ごせると思うのだ。そういうおまじないの花である。
今週はサーモンピンクの、どこかアンティークな雰囲気の薔薇を買った。棘は細く小さくて、こんなものでは花盗人の指を突くささやかな抵抗すらできない。可憐な乙女のような、はにかんでいるように俯きがちに咲いているのを気に入った。

ホリデーシーズンには薔薇が良く売れるらしく、どの花屋も銀のバケツいっぱいに薔薇が咲いていた。薔薇を贈る機会が増えるからだろう。そのなかからカップ咲きの小振りなものを三輪包んでもらい、本屋に寄って、ケーキを買った。一人で過ごす休日は楽しいけれどふと味気なく感じてしまうから、こうして自分をお祝いするのだ。今週と生き延びられました、おめでとう。とっておきのケーキ皿に乗せたチョコレートケーキにフォークを入れる。ほろり、とタルト生地がくだけた。私が買わなかったあの黒みすら帯びた深紅の薔薇は、何処かの恋人たちの部屋にひっそりと飾られることだろう。冬の月の光を浴びていることだろう。買ってきたばかりの文庫本をめくる。読み終わるまでは生きていよう、と、何処かの小説の主人公のようなことを思った。

私の机の上には、二つの花梨も転がっている。先日植物園に訪れた際に購入したものだ。園内で催されていたバザーで二つ百円で売り出されていたので、思わず買ってしまったのだ。黄色くてごつごつしているけれど丸みを帯びた、芳しい香りを放つ果実。貘の糞は、きっとこの花梨のようなにおいなのだろうと澁澤龍彦「高丘親王航海記」を読んだとき想像していたのを思い出し、衝動的に手に入れた。七月の蓮の季節に見かけたときはまさに鈴生りに、枝が折れそうな程しなだれていて、秋のうれしい豊作を思ったものだった。一キロの果実あたりの花梨酒と花梨シロップのレシピをバザーのスタッフに手渡されたが、独居若人なもので、到底消費できないと思い二つだけ購入した。

(つづく)




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