出店者名 赤卒文庫
タイトル 虫めづる 二頭目
著者 良崎歓
価格 400円
ジャンル 掌編
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紹介文
新書判/64ページ/左綴じ横書き/カラー頁あり(昆虫写真)

虫ネタtwitter小説より抜き本、学園恋愛もの。
三度の飯より虫と『彼女』が好きな『彼』と、クラスメイトで『彼』にべた惚れの『彼女』。盛大なのろけと虫蘊蓄の140字集+掌編「キタキチョウ」を掲載。
「二頭目」のとおり第2集ですが、これだけで読んでも全く支障ありません。

キタキチョウ  Eurema mandarina

 北国の春は遅い。東京で桜が咲く頃、こちらではようやく雪解けの終わりを迎える。いくら暦の上では春だといっても、吹き抜ける風はときに身を震わせるほど冷たい。
 けれど、と俺は隣を見た。
 冷たい風に鼻先と耳を赤くして、彼女がほわりと笑っている。手を繋いでも手袋越しの冬はつまらない。真冬よりも一つ薄手のコートで歩くこんな日は、彼女との距離が自然と近くなるからありがたい。偶然を装って手が触れても、不自然じゃない。
 だから俺は、春が大好きだ。

(略)

 物心ついたころから昆虫が好きだった。愛読書はカラー写真がたくさん載った大判の図鑑で、暇さえあれば虫取り網を持って外を駆け回っていた。小さいころは、物知りだとか虫博士だとかなんとか、持ち上げられてきたものだった。
 同級生からのその言葉が、からかいの意味を帯びてきたのはいつごろからだったろうか。
 虫好きな俺はどうやら『変わり者』らしく、皆の中から徐々に浮いていった。いくら鈍感な俺でも、自分が『いじられる側』だということは程なく感づいて、学校は息苦しいだけの場所に変わった。高校に入ってからは教室にいる時間ができるだけ少なくなるよう、放課後は逃げるように部活に向かうようになった。
 他人と関わるのを避け続けていたある日、真っ向から俺を認めてくれたのが、彼女だった。
『私はあなたのこと、ちゃんと見るよ』
 ――虫のことを懸命に話すあなたは、とても一途。それは自分にはないものだから、羨ましい。
 彼女はそう言って、心を凍らせて冬眠していた俺を、春へと連れ出してくれたのだ。

(続く)