出店者名 新天使出版会(ヤミークラブ)
タイトル 少年は〈大人〉になる夢を見るか?
著者 宇野寧湖
価格 600円
ジャンル JUNE
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紹介文
文庫フルカラーカバー(オフセット印刷)、本文モノクロ172頁(オンデマンド印刷)、 BL、成人向け。

雪に閉ざされた魔法学校に入学した14歳のレネ。
幼い頃に人身売買に巻き込まれ、くるぶし押された焼印が残っている。
レネは過去を忘れるよう努め、魔法士を目指すことを決意した。
ところが、〈壁の中〉の寄宿舎には奇妙な慣習ばかりある。
〈大人〉になると魔法力が伸びなくなるからと、
少年たちは成長を拒んで、去勢されていくのだ。
そんな中、レネは少数民族の少年、ラメトクに惹かれていき……
閉鎖空間で歪んでいく少年たちの葛藤といびつな愛の物語。

【長めの作品サンプル】→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7226035

 レネは馬車の窓に張り付いて、外の景色を眺めていた。生まれて初めての雪景色を見飽きることはない。地平線まで続く灰色の大地は厚い雪に覆われている。ところどころにハイマツが茂みを作って黒い塊になっているのが、唯一の景色の変化だと言ってもいい。この地域は「永遠の冬」と呼ばれるほどに寒く厳しい気候だ。一年のうちの九ヶ月は雪が降っている。
「僕もこの中を歩いていけば、真っ白な雪に清められて美しい子どもになれるかもしれない」
 そう独り言を漏らした。彼は十分に美しい少年だった。プラチナブロンドは透けるように色が薄く、肌は陶器のように滑らかだ。寒さで唇は色を失いかけているが、興奮のせいか頰は薔薇色に染まっている。まるで教会の土産物売り場にある天使の置物のような少年だった。
 馬車はガランガランと轟音を立てて、雪道を勢いよく走っていく。激しく揺れる座席にうずくまっていると、すっかりお尻が痛くなってしまった。それでも、レネにとっては楽園に向かう旅だ。
 ズボンの左裾をまくり上げて、くるぶしにある三角を組み合わせたマークの焼印を見るとため息をつく。これは、幼少期に熱した鉄のコテを押し付けられた後だ。肌から消えることはない。成長するたびに、傷が引き連れて痛む。逃れられない過去の印だ。この火傷のあとも、世界を凍てつかせる雪の力で消してしまえないだろうか。
「どうか、神様。僕にチャンスをください。新しい人生を僕にください」
 馬車は猛スピードで高い壁に囲まれた「聖地」へとレネを運んでいった。ここは、国で認められた「第一魔法特区」だ。「公認魔法士」たちが暮らし、任務を遂行する。特殊な魔法工学で建設された壁は、この国で一番強い結界だと言われている。その中に、魔法の才能を持つ子どもたちを集めた「第一魔法学校」があるのだ。レネはそこへの編入を認められた。
 壁には一箇所だけ入り口が設けられて、門衛が見張りを務めている。馬車から降りたレネは鞄を引きずって行き、門扉の前に立った。まつげの上にふわり、ふわりと雪が落ちてくる。溶けない白い氷の粒に戸惑って、まつげをシパシパとさせた。この門をくぐるのは「神の祝福」を受けた子どもだけだ。レネも選ばれた側の人間になるのだ。


大人になりゆく少年たちに祝福を
閉鎖的な魔法学校に入学した美少年がアウトローの少年に出会い、惹かれ、未来を掴み取っていくという流れはしっかりエンタメなのですが、同時に、少年を愛好する者なら避けては通れないテーマへの姿勢が示されています。
汚れてしまっても大人になること、美しい少年のまま死ぬこと。

わたしも少年、とくに美少年という生きものを愛しているのでよく考えます。
少年は永遠に少年でいることはできません。美少年は成長によってその美しさを損なってしまう危うさを常に持ち合わせているし、もし幸運にも美しいまま成長できる少年がいるとしても、やっぱり、「美青年」になった彼の美しさは少年のころのそれとは違う。
時が不可逆で止めることもできない以上、彼らが美しい少年のままでいるためには夭折するしかない。
死の誘惑は甘美です。
でも、だからこそ、それを乗り越えて成長することを選んだ少年を、わたしは祝福したいと思います。

この物語の少年は、祝福したい少年たちでした。
それぞれのトラウマをかかえ、苦しみ葛藤しながらも、心を通じあわせて強さを見せた彼らがただただまばゆい。
読後、興奮と共感できちんと感想を言葉にするのもままならないながら、わたしが少年に求めるすべてがここにある、と思わせてくれました。
推薦者まゆみ亜紀

生き延びた先には、希望を照らす光が
孤児院出身のレネは逃れられない「過去の傷」を負いながら再起を賭け、雪に閉ざされた魔法学校へと編入することから物語は幕を開けます。
汚れを知らない<天使>になることで、壁の中での魔法士としての安定した生活を手に入れることが出来、<汚れ>に染まった<大人>はこの世界では忌み嫌われる存在だというのだが――

欲望を知り、<男>になることで<汚れ>を負い、魔力を失ってしまう――
奇妙な因習を植え付けられ、成熟を拒絶した子供達は強制的な形で<欲望>を取り上げられることを義務付けられ、雪に閉ざされた寄宿学校の中で次第に歪んでいく。
<大人>の階段を昇りつつあるラメトクに惹かれながら生き抜く術を模索するレネもまた、学内に蔓延る闇にいつしか取り込まれ……

確固たるスクールカーストの存在する魔法学校での『劣等生』レネの奮闘ぶりと、約束された栄光を掴むことを信じてもがき続ける子供達、彼らを導く立場にある大人たち、それぞれの配役が生き生きと舞台上で物語を動かしていく群像劇であり、エンターテイメントとして完成度の高い安定の筆致が光ります。
少年の身でありながら人身売買にかけられ、強制的に<汚れ>を負わされていたレネは<汚れ>という概念を知ったことで傷つき、壁の中の少年たちの抱える闇に呑まれそうになりながらも力を持ち、愛すること、他者を求めることを肯定し、<大人>として生き延びることを、その先にある輝かしい未来を掴めやしないかと奮闘する姿には「少年」という存在が放つ魂の輝きと、筆者が込めたであろう切実なまでの祈りが手に取るようにこちらへと伝わるよう。

<清らかな存在>でなくとも、人は生き延びることが出来る。
自身を肯定し、他者を受け入れ、否応無しに背負わされた過去の痛みを引きずり、乗り越えていったその先にも輝かしい未来は確かに存在する。
気まぐれな子猫のようにしなやかで美しく凛とした佇まいで物語の世界を軽やかに駆け回るレネの冒険は、読者に強い力を与えてくれます。
推薦者高梨來