出店者名 温室
タイトル プライベート・アドニス
著者 まゆみ亜紀
価格 500円
ジャンル JUNE
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紹介文
【紳士な触手生物×愛玩用の美少年】
A5 / 52p / R18

ヒトに造られ、ヒトに愛情を注がれるべき愛玩用の美少年〈アドニス〉。リオは舖でいちばん美しい少年だが、不器用さが災いして売れ残り続けていた。
ある日、そんな彼に買い手がつく。迎えられた邸宅で、リオは期待に胸を膨らませてご主人さまからのお召しを待つが……。
愛されたくてたまらないのに素直になれない少年が、穏やかで知的な触手に甘やかされるBL。

《収録作品》
プライベート・アドニス(本編)
…Web公開済の本編(http://novel18.syosetu.com/n9063co/)に加筆修正しています。
爛熟のとき(後日談)
…書き下ろしです。ふたりが心を通じ合わせた後の物語。

「愛されたいと素直に口に出してごらん。私はきみが欲しがっただけ与えてあげる」
 ざわざわと葉むらが蠢いて、リオの周りを白い花で取り囲む。細かな花々は見るまに蕾をほころばせ、甘いにおいでリオの脳髄までとろかした。酒に酔ったようにぼんやりする感覚のなか、鈍りもせずひときわ際立つのは、胸の奥の埋み火だ。それはかっと燃えさかり、リオの喉元にせり上がってくる。
 愛されたい。
 痛烈に思った。世にも美しい少年の双眸は、熱に凝って深い色をたたえている。目のふちがなまめかしく色づき、さながら虫を誘う花のような風情である。おのれを取り囲む主人に対し開いてゆこうとする身体を、けれど彼は、意志の力でいましめた。頬にふれた蔓を手で引き剥がし、弱々しく首を振る。
「信じられない? ヒトの心が怖いかい?」
 声が畳み掛けてくる。図星だった。自己を否定された記憶は、リオの心に深い傷痕を残していた。
 それを知っていながら、ご主人さまはリオを甘やかしはしなかった。
「嘘だと断じて出ていきたいのならすきにおし。けれどまた舖に戻ってひとりぼっちになって、きみを買おうという者は現れるかな」
 口調はあくまで穏やかさを保っていたが、リオは首筋に冷えた刃を押し当てられたように感じた。ご主人さまの言うとおり舖に帰って、そして今度こそ買い手が現れなかったら、どうなるのだろう。舖の主は出戻ってきたリオの面倒をよく見てくれたほうだが、二度目はどうか。売れもしない〈アドニス〉を養ったって、彼にはひとつの得にもならない。処分。そんな二文字が浮かんだ。
 だけどそんなことよりずっと恐ろしいのは、生涯おのれが誰にも必要とされないということだ。
 菫青石(アイオライト)の目に、うっすらと涙が膜を張る。蜜のにおいもかぐわしい白い花々がさらに迫ってきて、彼のふくらかな頬に繊細な影を落とした。
「ほら。リオ」
 喉元の熱が思考を炙り、熱い涙が頬をすべった。
「……い」
「はっきり、大きな声で言うんだよ」
 透明な雫が月光を受け、星屑のようにきらめいた。頬から顎をつたい、星は足もとに落ちてゆく。
「ほしい。ぼくを愛して、ご主人さま」
 いじらしい懇願を、のびてきた無数の蔓がからめとった。


甘い蜜は心ごと蕩けさせてくれる
 フルオーダーメイドの愛玩用人造美少年「アドニス」のリオは他のアドニスたちのようにご主人様に心を開いて甘えて見せることが出来ず、製造元出戻りになってしまう。
「中古品」を手にしてくれるもの好きなんているはずもない、と心をふさいでしまったリオを買い取りたいという新たなご主人様は、それでも中々リオの前に姿を現すことはなく、リオの不安は募るばかりで……。

 川原由美子「観葉少女」を思わせる、愛されるために生まれた美しい肢体の隅から隅まで磨きつくされた十四歳型美少年、という「アドニス」の設定に作者であるまゆみさんの美少年へのあくなき愛とこだわりを隅々まで感じます。
対するのは、蔓系植物の「ご主人様」
「触手」と聞いた時に感じる男性向けのグロテスクな生生しさは感じられず、研ぎ澄まされた文章表現はどこまでも甘美で幻想小説のような趣。

「愛されたいと素直に口に出してごらん」

 捨てられてしまった痛みを抱えるリオに、ご主人様の言葉は果てなく甘い蜜であり、喉元に突きつけられたナイフとも同義だ。
 愛されたい、必要とされたい、求められたい、「愛されるため」に生まれてきたリオにとってそれは、ひどく切実な生命線だ。
 喉元からせりあがったそれを口にした時、幾重にも絡まった蔓と甘い蜜はリオを絡め取り、むせ返るような甘く息苦しい「愛」が余すことなく与えられる。
 心ごととろかせるような「悦び」に満ちた世界に触れられる、異色の「愛」の物語――という紹介文はいささか大仰と言われてしまうかもしれませんが、百聞は一見にしかず。
 クラシカルで品の溢れる装画と世界を楽しませてくれるフランス製本による造本と共に、見て、読んで美しい一冊。
推薦者高梨來

孤高の愛玩少年 meets 優しい触手
 美しい少年リオは、不器用であるが故の売れ残り。傷つき、孤独に心を閉じた少年を、買い取ってくれたのは優しい触手だった。触手はかたくなな少年を解きほぐし快楽に導いてくれる。
 「求められたい」という少年の欲望に、いくらでも応えてくれる触手の寛容さにときめく小説だった。触手萌えでなくても、この触手は魅力的なので、きっと読者も心を溶かされてしまう。スパダリ触手という新しいキャラクターを作ってしまったまゆみさんはすごい。
 そして、装丁がフランス製本になっており、美しいイラストともよくマッチしている。手元に置いておきたい一冊。
推薦者宇野寧湖