出店者名 モラトリアムシェルタ
タイトル 匣ノ街
著者 咲祈
価格 400円
ジャンル ファンタジー
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紹介文
建設されてから、どれくらいの年月が経ったのか。もう誰も知らない、老朽化した地下都市があった。
人々は、階級ごとに定められた階層で暮らしている。
その最下級の居住区で、始末屋として生きるひとりの少女がいた。
ある日、少女のもとへ、地下都市を統括する《公社》を追われた研究員の男を指定場所まで送り届けろという依頼が舞い込んでくる。
淡々と仕事をこなす少女だったが、途中、少女は見たことのない『機械の化け物』に襲われ、瀕死の重傷を負う。
そこへ現れたのは、不気味な防護服に身を包んだ人間たち。
その中で、ひとりだけ、防護服をまとわない青年がいた。
青年は静かに尋ねる。「お前は、俺が、お前を生かすことを許すか」

心の在り処を探す退廃的SF小説です

〈試し読み〉
https://kakuyomu.jp/works/1177354054882832096
(全文公開しています)

 仄暗い部屋だった。どうせなら、光ひとつなくして、完全な闇に塗り潰してくれれば良いのに。なにもかも、みせないで、覆い隠してくれれば良かったのに。
 打ち放しの天井から首吊り死体のようにぶら下がる橙色の小さな電球を、私はぼんやりと見上げていた。体のあちこちが痛くて、だるくて、頭がぼうっとする。
 背中に硬い床の感触。私は今、倒れているのか。投げ出した手足は、自分のものじゃないみたいだ。
 体の上に、何かが重く圧し掛かっている。大きく、生温かいそれが、私を床に、押さえつけている。苦しい、早く、どいて。疼く腕を、足を、引き寄せて、私は何とかそれを脇へとずらし、私の体から引き剥がした。ごとりと鈍い音がして、それは床へと転がった。同時に、私の体にささっていたものも、ずるりと抜ける。一瞬、駆けあがった痛みと込み上げた吐き気に、私はぎゅっと目を瞑った。数秒、息を止めて、ゆっくりと呼吸する。再び遠のく意識を繋ぎとめて、私は床についた手に力を込める。起きなきゃ、起きて、ここを、出て行かなきゃ。
 どこへ?
 床は濡れていた。弱い白熱灯の光に照らされて、それは黒くぬらぬらと沈んだ色をしていた。ふらつく脚で立ち上がると、どろりとした液体が私の腿を伝っていく。見下ろすと、小さなこどもの足が見えた。私の足だった。白い皮ふを汚し流れる、これは、血? 爪先の傍に、今しがたどかした巨体が転がっていた。血溜まりの中心。もう動かない。喉を食い破られている。それは、ひとのかたちをしていた。
(誰も助けてくれなかった)
 瞬きをひとつ数えて、私はゆっくりと顔を上げる。すぐ側に小さな窓があった。街灯の消された外は闇に沈んで見えない。ただ静かにこちらをみつめるこどもの姿が映っているだけ。
(大丈夫)
 血まみれの唇を手の甲で拭った。
(私は、ちゃんと、たたかえる)
 たとえ、ひとりでも。


共に見上げる物語
咲祈さんの物語はどれも好きですが、私がその中でも特にこの『匣の街』を好むのは、この物語が「上へ行こうとする力」に満ちているからだと思います。
地下で、闇を縫うようにして暮らす登場人物たちの、嘆きや苦しみ、そして明日への思いを、濡れた手で必死に汲み取っていくような文章とストーリー展開は、胸を熱くさせてくれます。

どうやら、紙媒体での頒布はそろそろ終わってしまうとのうわさを聞きました。
どうぞ是非、手に取ってみてください。
推薦者紺堂カヤ