出店者名 にゃんしー
タイトル 田中建築士の家
著者 にゃんしー
価格 800円
ジャンル 純文学
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紹介文
目を覚ますと、わたしは箱庭のなかにいた。
天井のステンドグラスからやわらかいヒカリが降りてきて、
わたしの身体を守るように包んだ。
何の音も聞こえなかった。
何もなかった。
わたししかいなかった。
ああここは、世界だ、そう思った。
わたしを無視する世界なんて有りはしない。
だって世界には、わたししかいないんだから。
きっとそれが「家」なんだ。

――ふしぎな町「汐音」にある田中建築事務所でくりひろげられる、
サクラ、ヒカリ、シユウ、ウサギ、ノアそれぞれの家をつくるための、
すこしながい物語。

 田中建築士と飲んだ。
 田中建築士を飲んだわけではないので、田中建築士はまだそこにいた。
 田中建築士が山崎まさよしなら「僕はここにいる」という曲でも歌ったはずだが、田中建築士は山崎まさよしではないので、黙っていた。
「夏ですね」
 わたしが、ホッケを開きながらそう言うと、田中建築士は、
「ホッケを開くときは黙っていてくださいよ」
 と言った。
 酔うと説教臭くなるのは、田中建築士の悪い癖だ。
「ホッケを開くことは、世界を開くことに似ているね」
 そんなことはふたりとも言わなかったので、無かったことになった。
 世界の端っこの、汐音村のまた端っこにある、寂れた海の家で。
「命を作れよ」
 という声が聞こえたなら。
 わたしたちは服を脱ぎ裸になって、潮が引くまで乱れ合った。


あなたにとって○って何ですか?
異世界へ潜り込んで何かを得て失って知る話かもしれません。主人公さくらは選択した不可抗力で汐音に流れます。目的地・田中建築事務所で出会う面々も訳あり。それぞれにハイスペックな人間が落ちてきたように見えます。それは失敗だったのか。負けなのか。じゃあ勝ちってなんだ。そう問われる作品、というよりはそれを疑っていい作品でした。やさしい。一回負けても終わりじゃないと言われた気がします。説得力を伴って。
概ね成長物語だと思います。臨場感が溢れていて、居場所や役割を見つけ充実していく展開には我が事のように高揚しました。物事が暴かれていくのにゾクゾクし、最悪の事態には一緒になってアップアップしました。
物事出来事の一つ一つは白とも黒とも決められないグレーの濃淡で、大小の社会(1人対1人だったり家族だったり会社だったり)のうねりが世界を揉み動かしていく。読後、現実に起きたある事件を想起するかと思います。モチーフに過ぎないので実際どうだったのかは別の問題として、良し悪しの決められない小さな無数の出来事はむしろ夢と志と善意の賜物で在る。無数のボタンを夢中で合わせていくうちに少しずつ掛け違えて攣れて大きな力がかかり、合わせたボタンがバラバラっと全部落ちてしまうことは少なくない。
で、失敗だったのか。負けだったのか。じゃあ、勝ちってなんだ。価値ってなんだ。あなたにとって、○って何ですか?
そしてそこで何を見るか。

数々の問題提起がある。答えを探しに行く余地がある。これは愛です。成長物語と書きましたが進歩も後退も停滞もそれぞれに成長でしょう。さくらは汐音に来て初めての変化を得ます。でもやっぱりさくらはさくらだと思うのです。人は変われるし、変わらなくてもそれでもいい。ダメでもいい。大らかなヒカリを感じます。時に眩しさは痛みとなりますが。
文脈に落とし込まれた、宇宙と世界と社会(家)の在り方や表現が好きです。いろんな光が見えます。それぞれの光の表現が素敵です。
大小のどんでん返しも見事というか、やられた! と思いました。
汐音の人はいびつな社会から弾かれて逃げ延びてきたかもしれません。でも逃げたらいいと思いました。落ち延びてもそこで生き延びればいいと思いました。元の社会をくそくらえだと思いました。
私にとって、この本は愛であり、優しさです。
ただし寝不足にお気をつけて。
推薦者正岡紗季



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