出店者名 なでゆーし
タイトル Eg
著者 N.river
価格 ¥500−
ジャンル 純文学
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紹介文
A5コピー本。WEB再録大幅改訂版。全2部。186P 持ち込み3冊のみ。研究所から逃げ出したヒツジは絶滅危惧種を宿していた。隠滅を命じられた男と少女は動き出すが……。あなたを突き動かすものは、果たしてあなたのものなのか? サイエンスフィクション×エンタメ÷純文学という、ほぼノージャンルで押し切るサスペンス長編。 

 序

 コンクリートのうちっぱなしである。その寒々しさを強調して、飼育塔は遠く隔離されてもいた。だからしてリゾートホテルがごとくしゃれた外装をした研究塔から、今や距離は今や不便としか思えないほどもある。それ以外、辺りに建物はない。あるとすれば緩やかなカーブを描く山々だけで、向かって続く丘の中腹から、見回しわたしは一息つく。
 まだ誰も気づいていない。
 一人ごちて、その目を再び目指す飼育塔へ持ち上げていった。

 ここでのわたしの役割は「助手」、ということになっている。もぐりこめたのは他の部署がたいそうな工作を行ってくれたせいで、それはもう二カ月も前の話だった。
 そのとき飼育塔はまだ研究塔のそばに設えられると、放牧用の敷地も目に鮮やかで、丸太づくりの外観がお菓子の家かと思うほど可愛らしかったことを思い出す。そこにヒツジはたったの一頭、積み重ねた研究成果を蓄えた唯一無二の一頭だけが囲われると、ひどく丁寧と扱われていた。
 光景に、最初わたしは酷く驚かされている。入れ代わり立ち代わり世話する研究員たちもほほえましく、まさにヒツジはアイドルと、研究塔の中心に君臨していた。
 産業スパイともぐりこんだわたしはおかげで、どれほど自身の立場に違和感を覚えたか分からい。だがそれも今となっては笑い飛ばすしかない呑気な勘違い、というべきだろう。
 ともかく、我が社とここが「それ」を発見し、操作すべく「それ」の研究に乗り出したところで行き詰まったこともまた同時期だという事実は、単なる偶然なのかわたしのような者が介在した結果なのか、わたしは知らない。ただ現実であることに間違いはなく、ならば我が社がこちらの動向を気にかけるのは当然となり、こうしてわたしのような人間の出番は訪れていた。
 起用はこのうえないタイミングだったと思っている。何しろわたしのもぐり込む二日前、ここはついに「それ」の操作に関係する動物実験を行い、こうしてこの世にたった一頭のヒツジを生み出していた。
 だからしてヒツジはそうも容易く扱えるものではなくなり、見る間に飼育塔は遠ざけられると、牧歌的なあの雰囲気はどこへやら、職員たちもまたパニック寸前にまで追いつめられることとなっている。


言葉にならない衝撃
序文を読んで、信じられない、と思いました。
まさか、ヒツジが。でも、それが全てで。
研究員が見つけ出した理論は、ヒツジによって実現された。
ヒツジはあくまで、作られた目的に沿うように行動する。
しかしその得意な能力ゆえに、想像をはるかに越える奇想天外な事件が引き起こされていく。

序文を読んだとき、わかる部分もあれば、わからない部分もありました。
なめらかに語りかけるその文体は、まるで何もない雪原をスキーで滑り降りるかのような読み心地で。
夢中になって本を読みすすめ、読み終えた頃には、全ての意味がわかるようになっていました。
実によく考えられた作品でした。


ヒツジはただ、ヒツジとして存在していた。
ただ人間が、欲と嫉妬にまみれた人間が、ヒツジをめぐり争い、勝手に滅んでいく。
その様は奇妙で、でも、恐ろしいほど納得のいく形で。好奇心をかきたてられるようで。

お話は、男性トキと少女パーリィ、それぞれの視点で進められます。
二人とも、まったく背景が異なる。異なるけれども、ひとつの共通点があって。それが、あまりに強烈でした。
自我がない。
存在しているけれど、役割をおってはいるけれど、それでも自我がなかった、失われていた。
やってはいけない事も着々とこなす彼らは、強く見えるだろうか。しかしそれは、見た目だけで。
誰かにしがみついていなければ、いけなかった。でも、手をのばしても、相手には届きそうにもなくて……。

自我がない主人公たちを、悪がよどむ町を、ヒツジが横切っていく。
行き場のない感情がどうなってしまうのか、見物です。

凄まじさと衝撃に、最後までやみつきになるお話でした!
推薦者新島みのる