出店者名 夢想甲殻類
タイトル 風まかせ
著者 木村凌和
価格 500円
ジャンル 大衆小説
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紹介文
これは、ある母親と娘とその父親の、思いをつなぎ合わせたものである。
 ある夜生まれた赤ん坊は女の子だった。
 まだ少女だった白伊颯(さつ)が、まだ少年だった瑠璃流風(るか)との間に授かった娘を嵐と名付けた。
 三人が家族として歩み出す十六年の軌跡。

 短・中編八本からなる長編『風まかせ』の隙間を埋める掌編十一本を収録。
 現代世界からファンタジー世界に越境する群像劇。

 伸ばした指の先に、触れた赤ん坊の感覚を一生忘れないだろう。あやふやで、危なっかしくて、抱え守らなければ消えていなくなってしまいそうで。それでいて、愛おしい。とても、とてもとても。これ以上の言葉はきっと当てはまらない。
 あらし。
 そっと、そっと、呼ぶ。そっと過ぎて声にならなかった。
 あなたは『あらし』っていうのよ。
 赤ん坊の頭を、頬を手を、触れる力加減がわからない。でも触れるだけで伝えられるような、伝わるような、そう思う自分がいる。
彼の名前と、自分の名前。両方に『風』が入っているから、生まれる子は男の子でも女の子でも、名前は『嵐』。そう二人で決めていた。
女の子。
あらしを取り上げた助産師たちがささやきあう。女の子。
この子の髪があおいことにほっとしたばかりだったのに。崖の縁に立たされているみたいだ。急に足下が危うく、今すぐ深く深く、下へ下へ落ちてしまいそうだ。
計器がエラーを出しているらしい。けたたましいエラー音が遠くに聞こえる。助産師の腕が伸びてきて、あらしが奪われてしまう。強く抱いていたはずなのに、腕に力が入っていない。
遠のいていく。待って。連れて行かないで。赤ん坊を抱いた助産師が背を向けて歩き出す。やめて。連れて行かないで。明かりが眩しい。目の前がまっしろに埋まっていく。

(「0年」より)


ひとつの家族の生き様を追う物語
名家のしきたりから逃れるため、自分の子供を守るために奮闘する女性『颯』と、彼女の子供『嵐』、そして父親の『流風』彼らがどうしようもない大きなものに流されながら、生き抜く様を描いた物語です。

登場人物の皆に「生きる」という意思が満ち満ちていて、すごく熱量のある作品でした。
颯と嵐、嵐と流風、流風と颯。それぞれがお互いに繋がりたいと願っているのに、大きな運命に流されながら離されてしまい、あるいは近くにいるのにどこかすれ違ってしまう。
風に吹かれるように大きなものに流される人生に抗いながら、時に受け入れながらも、心の片隅には大切な人への想いを捨てずに強く生きていく。
決してありふれてはいないけれど、彼らの生き様は確かに自分たちのどこかに通じ、なにか響き残すものがあるのではないかと思います。


そして、無粋な余談になりますが、これは同作者様の群像劇シリーズの、おそらく起点となる物語です。
どの作品からでも楽しめるかと思いますが、群像劇を読み解くひとつの醍醐味である『あの時のあの人』を様々な視点や角度から切り取る楽しさを堪能したいのならば、ぜひこの本は抑えておいて欲しいと思います。
特に、もし『cigar』を読んだのならぜひこの本は手にとって欲しい。あるいは両方一緒に手にとって欲しい。そんな一冊だと思います。
推薦者夕凪悠弥