ともだちの国―1章・美しい国
にゃんしー
 私はあの国で起こったことを、どういう形で書き始めていいか分からないのです。あの美しい飛鳥国のことを、私たちが愛した国のことを、どのように書けば伝わるのか分からないのです。

 稀に食べるビワマスの刺身が絶品だったことでしょうか、密会で飲む水果茶は苦くて大人の味がしたことでしょうか、禁じられた性行為のことでしょうか、大化の改新に起源を持つ国の歴史でしょうか、鳥言語を用いた「不動」の術でしょうか、年に一度の祇園祭で外界に下りられるのを楽しみにしていたことでしょうか、神とされ奔放に生きた女性たちのことでしょうか、僧正と初めて夜伽を行った後の、肛門の焼け付くような痛みのことでしょうか、「ともだち」でしょうか。

 私があの国で夢を見ることが出来なかったように、「事実」だけを書きたい、「本当に起こったこと」だけを書きたい、と思っても、それは本当に難しい。私は物心ついた頃から、このように「らしくない」喋り方でした。それは私が稚児として生まれつき、自分を装っていたようにも思うのです。

 何処かに行きたい、と思ったことはありませんか。此処ではない何処かに美しい場所がきっとあって、そこに行きたい、と思ったことのある人に、私はこの小説を読んで欲しい。そういう人に、あの国の話をしたい。かつて存在した美しい国の、誰もが自分を愛することが出来た理想郷の、本当の話をしたい。何故ならきっとあなたは、私とも、私が大好きな女性とも、似ているから。同じように、悲しさや寂しさの化粧に気持ちを隠しているから。

 それが、私が彼女と新しい国を作るに先立って、果たすべき責任だと考えています。

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