エナメール



穴を掘って、誰か探している
砂まみれの女が一匹、かさりかさりと歩んでいる


包丁を向けられました、昔
寝とぼけたふりをしました、私
明くる朝は部屋中に簞笥の中身が散乱していましたが
私は友だちと一緒に宇宙百貨へゆく約束を守りました
中学生だった


穴を掘って、誰か求めている
爪と肉のあいだに挟まった砂粒
砂まみれの女は一匹、ぴらりぴらりと着飾っている


銃口を向けられました、昔
感じ入るフリをしました、私
両親はこっぴどく怒りましたが
私はその男を責めませんでした
きっと私も悪いんだろうとも思ったし
高校生だった


本当に、どうすれば一番良いのか、
わからなかったのです


穴を掘る、みつけたくてたまらないから
砂まみれの女は一匹、夜の底でピアノを弾いている


伸ばした爪を噛んで引き千切りまた伸ばしてエナメールを塗る
エナメルごと噛んで引き千切りくちのなかに残るあじ、不味い
ラベンダペールブルーウルトラヴァイオレットパウダーピンクのグラデーション
有機溶剤を舐めたこと、ありますか?
罵声が飛び交う心寒い夜
ざらざらの女は哀しくチェリーピンクのマニキュアを夢見て
私はそのエナメールを塗っては爪を噛み千切るぎりりと、不味い


砂まみれの女は砂の町に入って宿をとりシャワーを浴びる
砂まみれの女にあたまから降り注ぐ砂のシャワー
くちのなかにも躰の隅々にも容赦なく砂が侵入する
砂を吐き続けながら拭っても拭ってもくちのなかに残る砂のあじ、不味い


耐えられずにやっと辿り着いた部屋の果ての冷蔵庫を開くと
深海魚が押し寄せるように溢れ出て
宿の部屋は海になってゆく
潮が満ちてゆく
青になってゆく
砂は堆積して
砂まみれの女は自分の躰に
鰓をみつけた


鏡の向こうに砂まみれの女が見える
深海に沈みながら目を瞑っている
鏡のこちら側の
どうにもならない私は
爪を噛むのをやめて爪切り鋏を取り出した
つぱん、つぱんと小気味よい音を立てて
ほっとした途端
深爪をして血が溢れた
その指をくちに運んで舐めた鉄のあじ、不味い
私は女だった
あの砂まみれの女だった


伸ばした爪を歯で噛んで引き千切りまた伸ばしてエナメールを塗る
エナメルごと奥歯で噛んで引き千切りくちのなかに残るあじ、不味い
ラベンダペールブルーウルトラヴァイオレットパウダーピンクのグラデーション
有機溶剤を舐めたこと、ありますか?


穴を掘る、誰かに届くまで
砂まみれの女が一匹、ざらりざらりと歩いている


(100823)


──(c) izuminn yuraly ──





back